ジャズとコーラス

(31) Hoboken Four SHINE


The Hoboken Four and Major Bowes, 1935
シナトラはどこにいるかわかりますか?

フランク・シナトラはハリー・ジェームス楽団の専属歌手としてデビューすることは有名な話ですが、それ以前はアマチュアのボーカル・カルテットで唄っていました。Hoboken Fourというグループ名も今ではどこにでも書いてありますので、シナトラを知る人はよくご存知のことだと思います。

昭和9年(1934)に”Major Bowes' Amateur Hour”というラジオ番組が始まりました。現在でも話題になるタレント発掘番組です。3万を越すオーディションへの参加があったということです。70年前の話ですよ。驚きです。

ここに、”Frank Sinatra and the 3 Flashes”というグループ名での応募がありました。1935年9月8日のコンペティションで、見事に優勝してしまいました。Major Bowesは彼らのグループ名を”Hoboken Four”と変えてしまいました。ホボケンはシナトラの生まれた町の名前です。父親は消防士、母親は産婆さんでした。

というわけで、ホボケン4はMajor Bowesのボードビル・ツアーに加わることになりました。

シナトラは半年後にツアーをやめ、1939年にベニー・グッドマン楽団から独立したハリー・ジェームス楽団の専属歌手としてデビューします。

こちらの写真ならシナトラは一目瞭然ですね。2009/5/8

珍しいホボケンフォーの録音が残っています

シナトラが80歳になったとき、娘のナンシー・シナトラが”Frank Sinatra An American Legend”というシナトラ一代記を出版しました。分厚い一冊ですが、貴重な写真や記事が満載です。シナトラファンには必携です。その本に一枚のCDが付属してします。数年前にダラスの歌手Craig Thompsonが私が喜ぶだろうとお土産に持ってきてくれました。気の利いた土産です。

このCDの第1曲は、1935年9月8日の”Major Bowes' Amateur Hour”の録音です。こんな珍しい音源が入っていようとは思っていませんでした。昨晩、気がついたのです。それで、朝までかかってこのページを書きました。

The Hoboken Four: S-H-I-N-E

どうです?初期のミルス・ブラザースのスタイルだと気がつくでしょう。ミルスの”SHINE”をご存知ですか?まさにバーバーショップ・スウィングです。50数年前に、1001に”S-H-I-N-E”とタイトルのついた曲がありました。ハイフンが一文字ごとに入るというタイトルです。誰が歌ってるのか、ヤマハに行って各社のレコードの収録曲リストを繰りました。1932年にミルス・ブラザースがビング・クロスビーと一緒に歌っていたのですよ。シナトラはクロスビーのパートを歌っています。

クリックして開かないことがあるようです。右クリックをして、一旦保存してから開いてみてください。これなら確実に聴けるはずです。


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