「年頭の一枚」とは

子供の時から「年賀状」の作成に力を入れていました。木版画が始まりです。そういう物作りが自分の趣味だったのです。いろいろな変遷がありましたが、1993年に自宅にコピー機を購入しました。その当時ですからモノクロの最大A4版までの家庭用のキヤノン・コピー機です。

因みに当時のプリンタはドットプリンタで細い線は上手くプリントできません。

ペン画を描いてコピーをしたところ、細い線がきれいにコピーできます。ペン画の第1号は、

これでした。

従来とは違った雰囲気の年賀はがきが出来ました。何年かしたある年の暮に送られてきた「喪中欠礼」のはがきに、

「お前の年賀状は送ってくれ。毎年の絵が楽しみなのだ」

とあります。

もともと、私はへそが曲がっていますから「年が明けたって目出度くなんてないわい」と思っていましたので、すかっと頭の中が晴れ渡りました。心にも何にもないただ決まり文句の「謹賀新年」なんて一切書くことを止めました。 

喪中のお宅には「普通はがき」に印刷して送ることにしました。喪中ではないお宅には時期に合わせて「年賀はがき」に印刷しました。というわけで、わたしのは年賀状ではなくなりました。「年頭の一枚」という表現にしたのはそういう意味なのです。

⇒ 暦年の作品

普通部までは「音楽」の時間と「図画」の時間と「工作」の時間がありました。いい学校でした。

高校では「音楽」と「美術」は選択科目でどちらかしか履修できない仕組みになっていました。両方とも嫌いな人は半分になったので喜びましたが、両方好きな人は片手をもがれた思いをしたものです。(2016/1/11)