ジャズは生き物なり  English Version


Dolly Baker(1922-2014)

ドリー・ベーカーは"rehearsing"が大嫌いだと言う。つまり、伴奏者と事細かに打ち合わせをして合わせるのが嫌いなのである。ジャズの真髄である "improvisation"こそジャズの醍醐味だと考えているからだ。即興性を大切にしている本当のジャズ歌手なのである。

別の言葉でいえば「ジャズとは生き物なり」ということだと思う。だから、これに対応できるミュージシャンがいないと彼女のジャズは成り立たない。日本のジャズの器楽演奏家にはアメリカにも通用する人が大勢いるが、ボーカルとなると、さびしい限りと思うのは筆者だけではないであろう。

死んだ歌は「さしみ」にしても美味しくない。生きた歌を聴きたいし、唄いたいものだ。

Hello Dolly はドリーの幕開けソングとなっている。サッチモのHello Dolly が大ヒットだったことは言うまでもない。

ドリーは1962年から東京のど真ん中に住んでいた。そのくせ日本語がまるっきり上達しない。まわりが英語で済ませてしまったせいだろう。ピアノと編曲の第一人者、前田憲男は歌伴をあまり好まないと言われているのだが、ドリーの伴奏だと自分がスイングできるといい、よろこんで伴奏をするのだという。実際、前田憲男が伴奏をした歌手の数は少ない。

ドリーは私に「前田さんはドリーの歌伴なら喜んでする」という話を嬉しいことだが、他の歌手たちに悪いと言って、その記事を書かないようにと何度も言ったことがある。このページを編集してから5年経った2007年に、たまたま前田憲男さんと赤坂のマヌエラで出会いいろいろな話までしてしまった。ドリーの話も出てきて、このことを話すと「その通りだ」とご本人から直接の回答を得た。

98年に前田憲男、荒川康男、猪俣猛のトリオとドリーは"We 3 + Dolly Baker"(Denon)というすばらしいCDを出した。その前、確か93年に出したアルバム"All Waves"(Sony Record)は今までに4万5千枚を越すヒットを飛ばした。気の利いた国内のジャズ・レコードで4万枚とは大変な数字である。ところが、Sony Recordはこの名盤を廃盤にしたそうだ。それでも99年に喜寿を迎えるドリーは、まだまだ唄いつづける。

新しいCDが99年5月に発売された。前田憲男との再演で"King of Jazz"(Colmbia)というアルバムである。
 

歌手の心得(ドリーの教訓)

ステージの前3時間には食事もせず、アルコールも飲まない。これもドリー・ベーカーが教えてくれた。満身創痍の彼女が76歳の現在もかくしゃくとした声を聞かせるのはこれを実行しているからだ。もちろん、ドリーは煙草を吸わない。 ライブハウスは衆知のようにタバコの煙がモウモウとしているのが普通だ。そのため、高齢のドリーは喉を痛めたというより、呼吸困難になり慶応病院に担ぎ込まれたことがある。その後、心あるライブハウスはドリーの唄っている間は「禁煙サイン」を出すようになった。

98年のゴールデンウィークには、突然、心臓ペースメーカーまで入れられてしまった。ドリー曰く、

「わたし死んでも、心臓は止まらないんだから」