歌とミュージシャンにまつわる話
Story of Songs and Musicians


(324) 寺内タケシ死去82歳 青春へのメッセージ


寺内タケシ(1939-2021)

寺内タケシが昨日、6月18日夜に肺炎のため亡くなりました。82歳でした。春先に誤嚥性肺炎を起こし、入院し回復に向かってリハビリをしていたところでしたが、18日午後に急変し、帰らぬ人となりました。

エレキを日本で最初に作ったのは寺内が子供時代でした。土浦の電気屋で生まれ、自分でギターマイクやアンプなどを作ったのです。大学も関東学院大学の電気工学科出身です。

ブルージーンズは誰もが知るグループサウンズの走りです。エレキバンドとなったのは1964年。メンバーには、後のワイルドワンズを結成した加瀬邦彦がサイドギターを弾いていました。加瀬は私と幼稚舎時代からの同級生です。

加瀬は2015年4月に74歳の若さで、あの世に引っ越して行きました。今頃、寺内と2人でギターを弾いているのかも。

寺内はスキーも指導員で、私とは蔵王でのお友達なのです。私のスキーの師匠、岸 英三オヤジのところにやって来ました。ビックリしましたね。蔵王ハイムスキースクールの歌を書き、岸 英三校長に捧げました。確か、「蔵王讃歌」というタイトルでした。ハイムのロッジにバンドを連れてきて、蔵王讃歌のご披露がありました。

今日、蔵王から譜面が送られてきました。


作詞:岸 英三  作曲:寺内タケシ

岸 英三師匠の古希の祝いは、東京で開催しました。寺内のバンドが演奏して祝ってくれました。30年ほど前の話です。師匠は今月6月28日で99歳、白壽の祝いです。病気などはありませんが、ママが先に亡くなり、蔵王から山を下りたところの老人ホームに入っています。毎年、一度は顔を見に行っていますが、今年は行けるかどうか難しいところです。昨年は1月末に行きましたので、コロナ禍に会わずに済みました。

寺内の息子も蔵王で一緒になったことがあります。一人で来るのですが、仲間がいないので私と一緒に温泉街のカラオケバーに行って歌ったことがあります。”Stand By Me”を懸命に歌っていました。

90年代の初めに「青春へのメッセージ」という歌を作詞作曲しました。珍しく自分で歌いました。すぐに譜面を起こしました。かつて、エレキは不良を作ると言われた時代があります。非行の温床とされたエレキギターへの誤解を解くため、全国の高校を回る「ハイスクールコンサート」を1974年に始め、2010年には1500校を達成しました。そのハイスクールコンサートで歌った歌がこれだ!

 

https://youtu.be/7jIyI3uA93Y

最後に話をしたのは、2004年にティアラ江東でのコンサートの時でした。ホールの入り口のデスクで座って、聴きに来る人と挨拶していたのです。久し振りだったのです。この時「青春へのメッセージ」をラストに歌いました。忘れ去った話を、今、思い出してます。

最後に顔を見たのは2015年11月、西村 協の45周年コンサートにゲストで出た時です。西村 協は、かつてブルージーンズのボーカルだったのです。

とにかく、頭のいい人でした。ご冥福をお祈りします。 R.I.P.

(2021/6/19・28追記)

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