歌をつくる人にまつわる話
The Story of Songwriters

(26) Doc Pomus ”ラストダンスは私に”はシャンソンではない
(in English)


Doc Pomus(1925-1991)

越路吹雪の大ヒット「ラストダンスは私に」は、フランス産のシャンソンだと思っている人が多いと思います。

実際、ダリダがフランス語歌詞の"Garde-moi la derniere dance"をフランスでヒットさせたからです。日本では,越路のマネージャー、岩谷時子が訳詩をしたわけです。

もともとは白人では珍しいブルース歌手Doc Pomus、後にソングライターが専門、とピアニストのMort Shumanが一緒に作った歌なのです。

このコンビでプレスリーの数々のヒット曲"Viva Las Vegas"などを送り出しています。
 

ご当地アメリカでは、1960年ごろにThe Driftersが"Save the Last Dance For Me"の大ヒットを飛ばしていました。ディーン・マーチンやマントラも多くの歌手やコーラス・グループが唄っています。

このDoc Pomasが90年代に入ってから、不遇のどん底にいたJimmy Scottをもう一度表舞台に送り出そうと、親身になって骨を折りました。しかし、その労が実らないうちに肺がんでこの世を去ってしまいました。

「俺が死んだら、ガーシュインの"Someone To Watch Over Me"を唄ってくれ」とJimmyに言い残したのです。葬儀の教会で、Jimmy Scottは一世一代の"Someone To Watch Over Me"をDocに唄ったのです。

誰もがたまらなかったものと思います。Warner Brothersのレコード会社、Sire Recordの社長、Seymour Steinがその場に居合わせ、感銘を受けたのです。そして、Jimmy Scottは60代半ばの歳でカムバックを果たしました。

Doc Pomusという善意の人間がいて、われわれはJimmy Scottの歌をライブで聴くことが出来たのです。


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