歌をつくる人にまつわる話
The Story of Songwriters

(49) Dimitri Tiomkin High Noon


Dimitri Tiomkin(1894 - 1979)

ディミトリ・ティオムキンはロシアのユダヤ人の両親のもとに生まれ、サンクトペテルブルク音楽院でクラシックの教育を受けました。1925年にアメリカに渡り1930年代半ばにハリウッドに落ち着きます。

1950年代以降のハリウッド映画の音楽でわれわれは彼の名前を知ることになります。

私が小学生時代、西部劇映画は全盛時代でした。1952年『真昼の決闘』はゲーリー・クーパー、グレース・ケリーでした。この主題歌が”High Noon”でNed Washingtonの作詞です。 フランキー・レインが歌っていました。「ドゥーナットフォーセイクミーオーマイダーリン」って、5年生の子供のくせに歌っていました。この歌はアカデミー賞を獲得しました。

『ジャイアンツ』(1956年)、『友情ある説得』(1956年)、『OK牧場の決斗』(1957年)、『リオ・ブラボー』(1959年)、『アラモ』(1960年)、『非情の町』(1961年)『北京の55日』(1963年)、『ローマ帝国の滅亡』(1964年)と軒並みに書きまくっています。

すべてTin Pan Alley Songとは異なったサウンドだと思いませんか?

すべての日本人が知っていたのは『ローハイド』というテレビシリーズです。毎週、お茶の間で日本人家族はこの番組を見ていたのです。1959年に始まり1965年まで217回続いた長編です。フェーバーさんの名前は忘れませんよね。ロディ役をやっていたクリント・イーストウッドはジャズ通だという話は、この章の(4)にあります。

この主題歌もフランキー・レインですが、『OK牧場の決闘』もフランキー・レインです。ティオムキンの力強い歌を歌うにはフランキー・レインしかいません。われわれはティオムキンの西部劇主題歌でフランキー・レインの名前を知ったのですが、その昔はフランキー・レインはスタンダードを歌っていたジャズ歌手だったのです。当時はジャズを歌う歌手だとは知りませんでした。

    

昔のサウンドトラックは沢山ありますが、ライブで歌っているのは珍しいです。

フランキー・レインは93歳まで長生きしました。⇒93歳で大往生

(2010/12/23)

    


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